落日のApple…スクープ連発の元担当記者『沈みゆく帝国』に描かれていること

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ウォール・ストリート・ジャーナルの元記者でApple担当だったケイン・岩谷ゆかり氏の著書『Haunted Empire: Apple After Steve Jobs』の和訳版が、日経BPより『沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか』として刊行された。

本著書は、Appleの前CEOで2011年に他界したスティーブ・ジョブズ氏を失った同社のその後について、様々なストーリーをこれまでの取材やそのバックグラウンドの視点から記したノンフィクションだ。

 

米国での発売以来、各地で多くの議論を呼んでおり、Appleの現CEOであるティム・クック氏が「この本は、他の同様の本と同じくナンセンスな内容」と異例のコメントで酷評したことも話題となった。

クック氏が敢えてコメントをするほどの本の著者、ケイン・岩谷ゆかり氏とはいったいどのような記事を手がけたのだろうか。

 

 

大スクープと巧みな記事

ケイン・岩谷ゆかり氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の敏腕記者だった。

私はRINGO-SANCOにて2006年からAppleの情報を追っているが、2008年に岩谷ゆかり氏がWSJのApple担当記者になってからというもの、WSJの報じるApple関連記事には「 YUKARI IWATANI KANE」という署名が踊っていた。

 

本著でも大スクープとして紹介されている、2009年6月20日付の『米アップルのスティーブ・ジョブズCEOが肝臓移植受ける』というニュースは、岩谷ゆかり氏の署名記事だ。この記事は今でも閲覧できるが、改めて読み返してみるとスクープ以上に言い回しがいちいち巧みで憎い。

 

例えば、ジョブズ氏が肝臓移植手術を受けた病院について「テネシー州で肝臓移植センターに指定されている病院は、メンフィスのル・ボネア・チルドレンズ医療センターとメソディスト大学病院、ナッシュビルのヴァンダービルト大学医療センターの3カ所」と絞り込んだ上で、各病院の広報コメントを以下のように載せている。

ル・ボネアの広報担当者は、同病院は大人の肝臓移植を行なっていないと語った。ヴァンダービルト大学の担当者はジョブズ氏の治療は行なっていないと話した。またメソディスト大学の担当者は、ジョブズ氏は順番待ちリストに入っていないと述べた。

この記事では、どの病院が手術を行ったかを断定していないが、上記を読めば明らかだ。ル・ボネアは「大人の肝臓移植を行なっていない」と言い、ヴァンダービルト大学は「治療は行っていない」と否定している。他方、メソディスト大学はジョブズ氏が移植の「順番待ちリストに入っていない」と答えている。

メソディスト大学は報道の3日後、肝移植に関する事実関係を認めた。

 

岩谷ゆかり氏が報じたApple関連の記事では、後々には細かいことのように感じられるが、他にも将来の製品についても正確な情報を伝えてきたことが分かる。

 

・”New iPhone Could End AT&T’s U.S. Monopoly” 2010年3月30日
―次期「iPhone 4」にはCDMA版が存在しているという内容で、実際2011年2月にVerizonから発売される

・“Apple’s New iPad in Production” 2011年2月9日
―発表前の「iPad 2」について詳細とともに生産が始まったと報道

・”Apple Readies New iPhone” 2011年7月7日
―2012年に発売のiPhoneには「新しい充電方法」を採用と報道、iPhone 5ではLightningコネクタを導入

 

記事は「だれが書いたか」

私たちはよく記事を目にして話題に採り上げる。ただ、そこで重要なのは報じた媒体以上に書いた記者だ。

 

かつてのWSJ「YUKARI IWATANI KANE」と同様、現在も確度の高い密な情報を書く担当記者は多い。

WSJの記者ブログAll Things Digitalの記者だったジョン・バツコウスキ氏は、ウォルト・モスバーグ氏率いるRe/codeに度々記事を掲載している。また、最近ではWSJのテクノロジー担当記者であるワカバヤシ・ダイスケ氏もその1人だ。

日本経済新聞のシリコンバレー担当の兼松雄一郎氏も、最近「iWatch」やAppleの買収事案を報じている。

 

『沈みゆく帝国』

さて、本著には大きく「ジョブズ前」と「ジョブズ後」2つのシーンがある。そして、ストーリーは「ティム・クック体制」「Foxconnで起こった従業員の自殺」「サムスンとの法廷闘争」を軸に展開される。

ここでは、各ストーリーで特に印象に残ったところを記したい。

 

スティーブ・ジョブズまでのApple、没後のApple

2009年6月の「肝移植を受ける」報道以降、早期復帰を目指すジョブズ氏のリハビリを描写したシーンで、同氏が自宅近辺を意欲的に散歩していたことを記している。ジョブズ氏は盟友のジャーナリスト、ウォルト・モスバーグ氏を誘い、2人で住宅街を公園目指して歩く。

その途中、ジョブズ氏は顔色を悪くして立ち止まってしまう。救急法を知らないモスバーグ氏は思わず「無能記者が散歩で死なせてしまった」といったニュースの見出しが頭に思い浮かんだという。

 

そんな2人は、キンモクセイが香るなか、ベンチにかけて他愛もない話題を交わしたそうだ。人生について、家族について、病気について・・・。

この場面が強く印象に残り、温かな情景が浮かんできた。

 

ティム・クック氏の台頭

「在庫のアッティラ王」を自称していたティム・クック氏。大量に抱えた在庫を「乳製品と同じように管理しろ」と徹底したマネージメントで頭角を現す。同氏は、ジョブズ氏と正反対の冷静かつ論理性をもって、部下を厳しく指導したそうだ。

この部分を読むと、同氏の人柄や実績、考えなどが見えてくる。

 

クック新体制

いわゆる「マップ問題」をめぐる、iOS担当上級副社長スコット・フォーストール氏の失脚は記憶に新しいが、フォーストール氏の人柄や周囲との摩擦を含めて、幹部の人物像が如実に記されている。ちなみにティム・クック氏の署名が入った異例の謝罪レターはここで閲覧できる。

 

Foxconn従業員の自殺

Appleの最大のサプライパートナー、鴻海精密工業(Foxconn)で発生した従業員の相次ぐ自殺が問題化する。さらに、ニューヨーク・タイムズの連載「iEconomy」により、Foxconnの労働環境の酷さが露呈することになる。

AppleとFoxconnの関係からFoxconnの労働環境を含めて、岩谷ゆかり氏は、ある女性従業員に密着した取材を行っている。

 

サムスンとの特許紛争

泥沼化しているサムスンとの特許紛争について、その経緯から裁判の経緯を判事や陪審員、担当弁護士団の状況を交えてかなり詳細に記している。おそらく国内で、日本語で本件事案を把握するには、本著がいちばん詳しいのではないだろうか。

 

興味深かったのは、サムスン側弁護団の細かいながらも確実に必要な裁判所への要請。

サムスンは、裁判所に対して「ジョブズ氏の写真を証拠資料に使用することは、陪審員への先入観を持たせる」と異議を申し立てる。また、特許商標局で行われていた特別展からジョブズ氏の写真を除くように要請した。この異議はいずれも却下される。

また、裁判所のエレベーター前に掲げられた「アップル対サムスン」という表記にも異議を申し立てる。この異議は認められ、その後は「アップル対サムスン」「サムスン対アップル」が併記されることになる。

 

こうした両社の駆け引きの詳細を記録している。

 

落日のApple

著者は、『1984』CMで全体国家に立ち向かう「反逆者」として駆け出したAppleを、今ではビッグブラザーのような統制を敷き、もはや体制側のようだと皮肉る。

それはGIZMODOの「iPhone 4」不正リーク事件に伴うジャーナリストの強制捜査依頼や、オバマ大統領の一般教書演説へのティム・クック氏参加にまで関連付けられる。

 

あるいは、「これだ。これこそが、大切なんだ。」から始まる最近のAppleのCM「Designed by Apple in California.」訴えかける新しいことが何もなく、イノベーションを失ったAppleについて『偉大な会社は、「自分たちは偉大だ」と力説する必要がない』と断じる。

 

もしくはSiriの失敗、前述のマップの失敗、WWDC 2012の基調講演冒頭に流されたセンスのないブラックジョークムービー。

WWDC 2012のムービーについては、そのダサさに私も驚いた。(WWDC 2012 Keynote / YouTube)

 

ティム・クック、フィル・シラー、エディー・キュー・・・かつての副官たちは今の主役として「次にすべきことをわかっているふりをしようとしている。

クレージーな人たちがいる
はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人達
四角い穴に 丸い杭を打ち込む様に
物事をまるで違う目で見る人達
彼らは規則を嫌う 彼らは現状を肯定しない
彼らの言葉に心を打たれる人がいる
反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる
しかし 彼らを無視することは誰にも出来ない…

有名なThink Differentの一節を引用して、本章はこう締めくくる。

彼を忘れようとするのは、太陽を忘れようとするようなものだ。彼は、今も、毎日、君臨し続けている。それこそがジョブズの福音であり、かつての副官たちにとっては呪いである

 

 

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Ryu

Author: Ryu

RINGO-SANCO オーガナイザー。ガジェット好き。携帯電話を専門に、Appleのスマートフォン戦略やその他のメーカーの動向を追いつつ、様々なスマートフォンをレビュー。ポッドキャスト「ミリオン・ドッツ」メンバーも務める。

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